うさねこ研究室!(姉妹サイト「倶楽部ジパング・日本」もよろしくです)
哲学・文学論など人文科学的話題を織り交ぜた日記・論文を断続的に掲載したいと思っています
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
「読書」の世界について(再録)
     かなり年配の方ですが,ある社会科学系の専門の先生で、有名大学の教員を長くやっていらっしゃる知己の方がいます。その分野においても一角の人物である,といっていいその方と先日酒を飲んでいて、杯を重ねるうち、「俺がみたところ、最近の学生の答案作成能力が目にみえて落ちてきた。それも年を追うごとにひどくなっていく・・・」と嘆息して何度もその話しを繰り返しされていました。
    大学時代の学部を次席で卒業されたという、伝説的な秀才であった(らしい)その老先生に比べ、私は答案、ということにそれほどいい思い出がある人間でもないのですが、その話になったきっかけというのはこういうことでした。戦前の旧制高校や旧制中学では、もうその段階から世界史や物理などの科目で、大学におけるものと同じような論文形式の答案方法を採用しており、昔のそうした方法は正しかったのだ、なぜならば知識が「総合的なもの」として存在することが大学に入る前からわかったからだ、ということが老教授の繰り返しの強調でした。しかし私は、知識が「総合的」になるということはどういうことか判明しない段階でそれをおこなえばどういうことになるのか、現状の教育制度でそれを導入すれば「総合的」であるということの詰め込みがおこなわれるかもしれない、と、老先生の側からすればやや的はずれな答えをして、雰囲気がなんとなく中座してしまい、会話が途切れがちになってしまい、そこで話題転換ということで、老先生の年齢からすればまだ「若い」といえる私にある意味配慮しようと思われたのか、老先生の大学の「現状」を話しはじめてくれた、ということなのですね。先生が私に気を遣ってくれたのは確かなことなのですが、「答案論」の継続だったのは間違いありません。答案作成能力、という単語の存在自体にも私はひっかかるのですが、それ以上に、老先生の嘆きが何処となく「楽観的」なことが不思議で、ついつい口答えをすることを思いついてしまいます。まあ能天気な私からすれば「口答え」にはあたらないのですが、その先生の権威を考えれば、「よくおまえあの先生の話を遮れたな」といわれそうな気がします。
     「・・・確かに私もそう思いますけれど、しかし、その原因はいったい何でしょうね」と私は尋ねました。「まあ、最近の学生は本を読まないからね・・・」というまずまずありふれた答えが返ってきました。「本を読まない、ということと答案の能力が果たして関係するのでしょうか」ここいらあたりが何となく「口答え」なのですね。まるで黒澤明の「生きる」で、中村伸郎演じる助役に「公園の件はもう一度御一考を」と「口答え」する(鑑賞者にはどう考えても意見具申にしか見えないのですが、市役所とはかくも恐ろしいところなのでしょうか)志村喬演じる市民課長の勇気、といった感じなのですが(笑)しかし、老先生の表情は(怒ることなく)冷静かつ真剣であり、また私に真剣に聞いてほしいという情を感じました。むしろ私の「口答え」を境に、老先生の言葉は堰をきったように、流れ始め、その真剣さが、私の口を封じてしまったといっていいくらいでした。言葉を記すだけではなかなか老先生のそのときの情が伝わってこないのですが、曰く、「・・・かつての学生は、有名な先生の本というと目を輝かしたものだけれど、今の学生は金があるくせ、誰が有名な先生なのか、知ろうともしないのだからおそれいるよ・・・」あるいは、「・・・むさぼるように読め、といくらいっても結局、試験日直前になってから、ようやく本を買い始めるんだ。俺の本だって、その頃になってようやく売れ始めるのだよ。売れれば売れるほど虚しくなる。試験というものがなくなったら、もう自分の本は全く売れなくなってしまうのだろうな、と思うとね・・・」そして何より印象に残ったのは「あと何年すると、俺の本はこの世界から無くなるんだろうな・・・」という言葉でした。もちろんその真剣さには、酔いのまわりが手伝っていたのは言うまでもありません。
     直接の恩師というわけではないのですが、一般的な表現を使えば、その老先生は普段から「ああ、こんな古めかしい世間ズレした先生ばかりだったら、大学は楽しいだろうな」という思いを生徒に抱かせるタイプの先生です。「世間ズレ」が「気味悪い」でなく「親しみ」になる性格なのですね。ただ、その物語的な存在感があまりにバランスが取れすぎていて、親しみを感じても、なんだか逆に近寄り難い、ということで、結果的には先生の周囲に集う人はあまりいなくなる、という、矛盾した雰囲気をもっていました。近寄りがたい人間に近寄り、近寄りやすい人間に近寄らない私は、別段違和感もなく、「月並みな言葉」が月並みな言葉にならず、「説教」が説教にならない、そういった貴重な言葉の使い手である老先生との雰囲気を時々楽しんでいたどのですけれど、どうもその日の語りは寂しげで、頼りなさそうでえありました。特に「あと何年すると、俺の本はこの世界から消えてなくなるんだろうな・・・」といったときの先生の雰囲気の弱弱しさは、痛ましいものでさえありました。
    老先生は多数の教科書的著作ももっていて、まずまずの売れ行きです。確かに人格的魅力のある先生です。しかし私にとって先生は何よりもまず「物書き」であり、その人格的魅力の反映を彼の著作において楽しむために私は老先生との時々の付き合いを楽しむのだ、といっていいくらいです。私老先生の本(教科書)は非常に体系的な記述方法を採用し、またいろんな学説や世界観に配慮することで逆に若い人達向けになっていない、というふうに私は認識していましたが、彼は決してそのことに盲目だというわけでなく、自分を半ば、ドンキホーテ気取りもできるという実は巧妙な演技者でもあり、つまり自分の人生のいろいろな場面を演劇的に計算できるというタイプの人物で、それゆえに物書きの寂しさというものと老先生は全く無縁だ、というふうに考えていたので、その日の雰囲気は意外でした。「読んでほしい・・・でも自分が思ったようには読んでくれない・・・なんでこんな単純なことにこだわるんだろう」と呂律が回らないくらいに酔ったその老先生は自嘲気味に笑っていました。そこで私は、やはり酔いも手伝ったのでしょう、知己の一人で、作家志望の青年の友人のことを私は思い出しました。寂しげな老先生とは対照的に、彼と話したそのときの雰囲気は非常に積極的で多弁でしたが、話している内容は、大筋においては同じでした。老先生と明らかに違うことは、同じ態度の同じ内容を私に会う度に繰り返す、ということにありました。はっきりいって相当に喧しい。その彼はほとんど彼の自論である「文学衰亡論(=純文学衰亡論)」を私の前で滔々と展開し、「文学は駄目だ、本当に駄目ですよ、作者も読者も駄目です」と老教授とは対照的な激しい口調で何度もいっていました。彼の論理はやや背理的で、「だからこそ自分は敢えてその世界に身を投じる」といった類のものでしたが、「結論嫌い」の性格である私は、その日がはじめてでない彼の自論の繰り返しにその日はとうとう痺れを切らして、老先生に向けたのと全く同じ質問、「何が原因で駄目になったのだろうね」と尋ねたのですね。彼の口調は一瞬止まり、そしてそういう質問をした私を詰るように、しかしなぜか落ち着いた口調で、「・・・本を読まなくなったからに決まっているでしょう」という答えが返ってきました。その友人の文学青年は、老先生と違い、この世に認められた著作はまだ一冊もありません。にもかかわらず、老先生と文学青年の「本を読まない」という言葉は、なぜか、妙に強い印象をもって私の頭の中に残ってしまっています。
     過去の何処かに、この世界の理想状態の基準を置く、例によって下手なたとえですが、「ルネサンス的人物」といっていい、こういう類の意見をもつ人物は私のまわりに非常に多いのですね。実に様々なレベルでのルネサンス的人物がいます。「あの頃の時代の食べ物はよかった」という自然食品ルネサンス人物、「あの頃の時代の映画は楽しかった」という映画ルネサンス的人物、「あの頃の時代のスポーツは楽しかった」というスポーツルネサンス的人物、・・・というふうに様々な「ルネサンス的人物」がおり、何を隠そう私自身もその幾つかに該当するのは間違いないのですが、老先生と友人の文学青年に共通する「ルネサンス」はこの場合、「本を読む」ということにある(あった)といっていいと思います。自分が住むこの世界が過去のどの時代か、多くの読書をすることによって豊かな意味をつかんでいた・・・そういったルネサンス主義といっていいものだと思うのですが、私自身が彼らの基準からすればどれくらいのレベルの読書家かは分かりませんが、しかし少なくとも、彼らの見解に気分的に同意したい、ということは、おそらく彼らほどの強い思いでいでしょうが、私にもあるといっていいでしょう。だからこそ彼らの話の聞き役になったのだろうし、私はクラブや居酒屋で大酒を飲んで騒ぐのは大好き、しかし平日の深夜休日の朝、自分以外誰もいない自宅の自室で良書にめぐりあえて感じるときの深い満足感は、決してそれに劣らないものがあります。「時代」などという言葉をわざわざもちださなくても、この満足感を、語り合ううちに共有できれば、やはりルネサンス的感情共同体が成立しているといっていいように思います。「人間の不幸というものはただ一つのこと、つまりそれは自分の部屋の中で静かに休んでいられないことから生じるものだ」というパスカルの言葉を、そのときほど強く感じることはありません。しかし私の満足感やパスカルのその言葉を伝えても、どうしても理解できない人間が確かにこの世界には多すぎるような気がならない。「気がする」でだけで、実際調べたわけではないし、もし思い通りの嘆かわしい状況だったとしても、それを改革しようという「運動」をしようとも思いませんが、読書の喜びを知る人間が世界にもっといるべきではないだろうか。私の場合は「ルネサンス的心情」とまではいえないにしても、私は一月に数回、確かにそんな気持ち、世界中の人々の行為の何割かが、読書ということになったら、世界はもっともっと幸せになるんじゃないか、と無邪気によく考えます。だからいくら喧しいといっても、その文学青年の毎回毎回の叫びを、どうしても否定できず、心のどこかで拍手してしまっている自分を感じてしまうのですね。
     「ルネサンス」ということは現状に不満があるのですからある意味で、革命的心情に似た精神行為という面があるのでしょうが、もちろん、「革命的心情」ということは往々にして苛立ちや怒りが裏返ったものである、ということがいえます。私の苛立ちや怒りなどはどうでもいいことですけれど、たとえば、「本を読まない」という私の頭の中の言葉の周囲には様々な苛立たしい人間がいる。アメリカの最高峰の大学の大学院に在籍しながら、本を年間一冊か二冊しか読まない、外国語が話せるだけで何ひとつ物事を考えない、にもかかわらす、ドイツ哲学が「つまらない」とかアメリカの政治家が「レベルが落ちた」とかという、もっともらしい意見をはける処世術だけは心得ている知人がいます。一言で言えば、自分に必要なこと以外は最初からいっさいしない、という人間ですね。こういう人間のコミュ二ケーションというのは不可解なほどに「複雑」です。一度、その彼から「彼が読みふるした」という、非常に綺麗な哲学書を借りたことがあります。そのとき唖然とするほど驚いたのは、「後書き」と「著者のプロフィール」のところにだけ、びっしりと赤線がたくさん引いてあるのですね。確かに彼は「読み込んで」いたのです。私は比較的早く見抜きましたが、彼が、硬派な話をするときの会話術というのは非常に面白い。「本の名前」「著者のプロフィール」そしてある意味での「後書き」に熟知していることが彼の武器ですから、その範囲にある限り、彼の話題は豊富です。問題はその本の内容について踏み込んだときなのですが、彼の言葉にもちろん「私は知らない」はありません。「難しい問題ですね」「よくそこまでお読みになっている」「次回までに考えておきましょう」を繰り返していきます。もっとも驚くべきは、話をしている人間の相手が、この彼の「振り」に最後まで気づかない。彼がまずまずの「知識人」として成立(虚構化)していってしまう、ということです。二ーチェの学者批判論の言葉をかりれば「戦慄すべき器用さ」ですが(彼ももほや半分学者ですし)要するに彼は必要なことしかしない人間であり「必要でない自分」の部分は「振り」で固める、ということになる。彼は本を読まないが、「本を読む」ことの純粋外在的な状態については、この上なく通じているように思えます。「本を読まない」ことが、その人を素朴な状態どころか、その逆に追いやってしまっている例といえましょう。「本を読まない」ことは素朴であるとは限らない、それどころか、「本を読む」という知的行為が持たざるをえないような何かの冷たさだけを吸収して、処世術として身につけてしまっている。資産家でも何でもないのに拝金主義者だったり、学歴と無関係にすごしてきたのに逆に学歴盲信者だったりする人にも似たところがあると思いますが、もちろんこういうタイプの人間はまずは問題外ということになります。私の前では「正体」がばれているということで語ってくれた彼の話が本当だとすれば、アメリカでも教授や知的サロンのほとんどで、このコミュ二ケーションが「成功」してしまうそうなのですから、「アメリカの大学や教育機関が日本より優れていて、本質的なコミュニケーションが存在している」という一般的見解も、存外、俗説なのではないでしょうか。
     大体において私にとって無害無益ですので、この彼との友人付き合いは漫然と継続しているのですが、「本を読まない」ということの周囲にいる人達をどう一括りに表現すればいいでしょうか。キルケゴールのなかなか含蓄のある言葉に、「他人を最悪に退屈させる人々は庶民、無限の人間集団である」というくだりがあるのですが、「本を読んだ振り」を厚かましく繰り返す一群の人々が、このキルケゴールの言葉と無関係でないのは、どうも明らかといっていいようです。しかしここで、スムーズに、彼らへの批判を言いきって、老教授は文学青年のルネサンス的心情に賛意を示す結論で終わっていいものでしょうか。この「振り」の彼が、改心して本を読み始めれば、それでいいというふうには思えない。彼の反面教師的な存在感が、何か強烈な疑問を私に示しているような気がしてならない。疑問文の始まりは「他人を退屈させる人間(人間性)」ということが、果たして「本を読む」という知的行為(あるいは「本を読まなという」という反知的行為」)とどうかかわるものか、ということは、ルネサンス的心情からいったん離れたところで、改めてよく検討しなければならないこと、ということだと私は思います。
    いくつか具体例をあげましょう。たとえば、私達の世界全体が一年間のうちに出版する本の数は、二十世紀以前の全世界史が出版してきた書籍の量に匹敵する、というデータも存在します。つまりこの世界のいたるところは人類の歴史上最高に「本」にあふれた時代なのかもしれない可能性ということも存在します。司馬遼太郎氏が生前いったように、その世界の中でも日本は飛びぬけた「本の天国」であるということがいえる。あるいは、たとえば「文学」ということに関して、小中高と施されている国語教育の中で、かなりの数の文学作品を読むことに依然として多くの教育時間を費やしていますが、個々の人間の自発性は別として、結果的には私たちは成人するまで、文学に触れる膨大な時間をすごしてきた、といえましょう。それは「教科書」によるもので、個人的愛着によって生じたものではない、と例の文学青年の友人あたりは反論するかも知れませんが、こういった見解こそ私は教科書的だと思います。国民教育の時代よりのちの「文学」は私達は教育機関によってその大半を経験したのであって、それを抜きにして、純粋に「文学」への愛着が生じるということが逆に道徳教科書的なのです。もちろん、国民教育が完全に確立する以前の人間が、果たしてどれだけの「文学」の読書時間を有していたのでか、ということも、考えなければならないことでしょう。その頃の人間は本はなくても本(文学)に飢えていた、という反論があるかもしれませんけれど、しかしそうした知的渇望の存在が、知識量の多さということはもちろんのこと、文学に対しての見識の存在を保証する、ということはただちにいえないでしょう。たとえば旧社会主義国家の人達は実によく「文学」を愛し「文学」を読み「文学」に渇望していますが、実に幼稚な文学観しかもちあわせていません。要は様々なレベルで「文学」が保護されすぎてしまった結果、マーケットメカニズムや自己懐疑を喪失して、やせ細った文学論しかもてなくなってしまったのですね。私には確かに「文学」については誰しもが知識を有しているこうした世界が「ルネサンス」的理想社会だはとうてい思えないのですが、いかがなものでしょうか。
     「読書量」ということに関して言えば、私達は実はあまり意識しないうちに、非常に多くの「読書」をしているのかもしれない、ということですね。一生に一度しか読まない本でも、それは読書したことには変わりないし、欠伸を噛み締めて学校で読まされた教科書だって、「読書」した本にはかわりないのですね。「読書の振り」の処世術に長けた彼は、そうした「希薄な読書」を意識的な戦略にしようとしているだけ、なのかもしれないのです。「本を読まない」ということの嘆きは読書量ということとは別の何かであって、私達と「本」のかかわり方ということに目を向けなければならない、ということも考えなければならない、といえましょう。つまり「本を読む」という私達の行為を、私達は単純に考えすぎているのかも知れません。大体、読書という行為は知的行為かどうかはともかくとして、非常に危険な行為なのです。聖書を読書することは多くの殺戮を人類史にもたらしましたし、近くの世紀をみても、物理学にいたるまで自己全集の発行を熱望した大哲学者気取りのスターリン、ニーチュを終生愛読したというヒトラー、ムッソリーニ、暇があれば歴史書を紐解いたという毛沢東というふうに、二十世紀の独裁者のほとんどが異常なほどの読書家であったということを私達は思い起こすべきでしょう。凶悪な犯罪者が異常な読書家だったという例はもっとありふれています。だから「読書」がいけない、ということではなく、人を救いもするし殺しもするある種の危険な劇薬に触れるということが「読書」というものだ、ということを認識しなければならないということです。「振り」をする人間が横行するほどに本があふれかえり、読書する行為の意味が何となく曖昧なものになっているからこそ、逆に私達は本当に読書しているのかどうか(読書量ということは読書という行為のほんの一部に過ぎない)また読書という行為は不意に私達を巨大な不幸に導く場合もある、そういうふうに、歴史や社会不安を観る場合でも、読書ということの意味を私達一人一人が広げて考えていく必要があるでしょう。こう考えれば、かつて日本の農村で「本なんか読むな」と親に怒られたという、よくるいわれる歴史的エピソードだって、決して一面的にとらえるべきでない話ということになる。これとは正反対に旧ソビエトの集団農場や文化大革命期の中国の人民公社では「読書会」が頻繁に開かれていたのですね。
      概観的に少なくともいえることは、私達は近世、中世、古代と遡るにつれて、読書する時間というのはその時代の日常的時間の割合においてどんどん少なくなっていき、次第に極小化していく、ということですね。こうした意見をいうと、哲学者や文学者など、限られた人間は今の人間よりも読書していたのだ、というかもしれませんが、読書することへの情熱は別としても、活版印刷術はおろか紙の使用もなされていなかった古代中国の春秋戦国時代、あるいは古代ギリシア・ローマの古の知識人が、今の(知識人でない)私達と比べて、たとえハードなものに限定したとしても、私達を上まわる読書時間(もちろん読書量も)を誇っていたという保証はどこにもない、といわざるをえないでしょう。当たり前のことでしょうが、紀元前に活動したプラトンやアリストテレスや孔子や韓非子がもし私達の前に不意に出現れたら、私達は第一印象において、「ずいぶん物を知らないな」という印象をもつに違いありません。私達現代人の多くが「物を知らない=本を読まない」という思い込みをしているので、彼らは「本を読まない人達」というふうに映ることでしょう。にもかかわらず、古の賢人が紡ぎだす言葉というものが20世紀や21世紀に住む私達が考えてきた言葉よりもずっと本質的であり、それどころか紀元前段階で、哲学や思想の問題の基本的パターンの大半がこの世界に出尽くしたという哲学史・思想史の通説への不思議さに私達はなかなか意識的になれないところがある。そこには、私達近代にどっぷり浸かった人間とはほとんど別個のものといっていいような、「本」ということへのかかわり方があったに違いありません。読書行為そのものとは別の、「読書行為にかかわる行為」とでもいうべきものでしょうか。つまりどう考えても、「最近の人が本を読まなくなった」と嘆く人達のルネサンス的基準というのは、「近代の何処か」ということにおいては成立するかもしれませんが、世界史全体からすれば、非常に危ういものであるといわざるをえないでしょう。読書量がきわめて少ない時代に、現代とは比較にならない創造性が存在していたという、考えてみれば至極当然のことに意識的でないところに、「本を読まない」という人の嘆きは存在しているのですね。ならば「本を読まない」という嘆きは、果たして無意味なものなのでしょうか。
      ここで再び、キルケゴールが言った「退屈」という言葉に戻ってみましょう。「他人を退屈させる人間」といったキルケゴールですが、彼は「退屈させる人間は何か」ということについて、「・・・世には倦むことのない活動というものがあって、これは人間を精神の世界からしめだして、本能的に常に運動していなくてはならない動物と同じ部類に入れてしまうのである。何でもかんでも<仕事>に変化させて、全生涯のあらゆることを<仕事>にしてしまう異常な天賦をもった人間が数多く存在し、彼らは事務所で働くときと同じ仕事熱をもって恋愛し、結婚し、機知に耳を傾け、芸術に感嘆する・・・」と言っています。キルケゴールが言いたいのは、一緒にいるだけで時間の底なし沼のような虚しさを感じさせる「他人を退屈させる人間」、というのは実は「退屈ということを自ずから知らない人間」なのだ、ということですね。時間の底なし沼のような虚しさ、ということは私達の人生的時間の絶対的条件ですが、それを自ら知り尽くした人間は、それについて語ること、それに対して何かの形での理論的・感性的防御に長けている人間でもある。しかしそれを知らない人間は、一緒にいるというただそれだけのことを通じて、時間の底なし沼の虚しさを私達に、どっとした徒労感と伴に感じさせてしまう。まるで刑罰としての退屈を強いられているということなのですが、キルケゴールによればそれは、その人物が人生のあらゆることを<仕事>にしてしまう才能をもっているからなのだ、ということになる。
     たとえば私達は「恋愛」を生涯で繰り返し繰り返し楽しんでいる(一見すると非常に羨ましい)人間の少なくない人たちに、生涯のあらゆる時間に付きあっている相手・性愛の対象がいなければならない、その裏返しということのみを目的化して、「勤勉な恋愛愛好者」と成り果てている人物を発見することがあります。彼ら・彼女達にとって、恋愛は<仕事>なのです。「つまらん」という言葉を繰り返した正宗白鳥ではないですが、私たちは年をとればとるほど楽しみが減る、ということを、つい加齢という医学的・物理学的原因に思い込みがちですが、楽しみが減るということはそういった原因とは本質的には全く無関係です。宇宙の果て(天文学)や過去の果て(古生物学)激しい知的欲求を抱き膨大な知識を詰めこみ想像力を働かせている人間にとっては、国内旅行や海外旅行ということは、天文学的世界を知らない人ほどには楽しめない、あるいはたかだか数千年の時間しか追えない歴史学という学問はぜんぜん刺激的でない、ということがいえかもしれません。もちろん、それは知性や理性のある種の傲慢という面もあって、「近いもの」のディテイルにいろいろな発見ということを繰り返すということがあってこそバランスのとれた知的関心なのかも知れませんがしかし、「知る」ということがどこかで「つまらん」という感性とどこかで深く関係しているということは認めざるを得ない。ですから人生的時間が進めば進むほど、大きな変化をもたらすことのない(ように見える)日常的世界に、私達は次第に言いようのない空無感を感じるようになる。人生に「退屈」を感じるようになるのです。恋愛にしてみても、新しい相手に気をとられるということとは別に、恋愛を繰り返す自分自身を見つめれば、「知る」という行為の楽しみは低落していき、私達は恋愛に退屈するようになる。あるいは退屈しまいとすることに挑むようになる。「退屈」を私達は発見できるようになる。あるいは「退屈」と戦うことができるようになる。「人生が短いのではなくて、私達が人生を短くしているのだ」というセネカの言葉は、退屈ということを自ら知った人間には強く響く言葉でしょう。ところが、恋愛を際限なくまるで単調な労働のように繰り返していく人の多くはそうでない人なのです。私に言わせれば「若いころと同じ」という意味を勘違いしている人たち、「老人も恋愛できるような時代になった」などというスローガンを言う人たち、恋愛という<仕事>好きの人たちというのは、確かにこの世界に大勢いるような気がします。
      表現は実に奇妙ですが、彼ら・彼女たちの恋愛とのかかわりは、非常に「勤勉」なのです。もちろんここでの「勤勉」ということの意味は、私達が日常的に使う意味とはだいぶ違うものです。ドストエフスキーやニーチェやカミュは、自己実現ということかた全く遠ざかった絶望的労働を強いられている収容所の労働者や、単に犯したいから犯すという虚無的人生観をもった犯罪者を描くことや考察することを通して、私達が「労働」や「犯罪」を前にして、ただ単に勤勉であるということ、死に至るまでの繰り返しということに人間の意識が耐えられるかどうかを描きだそうとしました。「単に労働する」「単に犯罪を犯す」
ということは、毎日、定められた場所に行き、終日何も感じることなく、同じ事を繰り返し、次の日に同じことをまた繰り返す、ということと本質的には何も変わりません。同じように、恋人とのデートや恋人の取替えを行なう「単に恋愛する」人間というのが、確かにこの世界には存在する。ここで言う勤勉な人達というのは、読書する「振り」の術に長けたあの彼ですらも及ばないものをもっている。意識とは何かという問題もありますが、「振り」の術というのは、それが意識的であるいうことにおいて、迷いを生じる可能性のあるものでありました。意識的な人間というのは、その迷いということによって、私達に「謎」を感じさせるものでありました。「単に」ということには、こうした恐るべき勤勉さがある。「単に自分自身である」という言葉を繰り返す人のプライドをサルトルは「形而上的プライド」と揶揄しましたけれど、「勤勉さ」が自分自身に向いて、全く「退屈」せずに、自分自身を演じることさえもが「勤勉」であるということが可能な人間もいるといわなければならないでしょう。「労働」や「犯罪」ということから解放されても、一見するときわめて自己実現的行為である恋愛にあっても、「単に恋愛し」「単に自分である」ことを、際限なくくり返す「退屈な人」というのは、この世界においては、後を絶たない、いやむしろ増えているという気配さえ感じます。
     完全に単調な<仕事>、というものに人間は最終的には耐えられず、どんなに単調に見える仕事であっても最低限の目的性・自己実現性ということは存在するように、どんなに単調そうに見える恋愛にも、最低限の何かが常にあるのだ、という反論があるかもしれません。しかし本当に完全かどうかということよりも、「退屈」に無意識的であり無感動的に目をそむけている、ということ自体がここでは大切だと思います。ニヒリストを自称したり他称されたりする人の大半が実は似非(中途半端)なニヒリストであって、「完全な虚無」の前に失語するという重みを持たないように、「退屈」を知らない人達も、実に似非的で中途半端的な「勤勉」を演じているのですね。まさにそれは自分や他人の「勤勉」さに意識的でないからこそ、可能になってしまうことでもあります。
     「恋愛」ということにもう少しこだわって言うと、収容所の労働においては国家権力によって、凶悪犯罪においては虚無的人生観によって強制的に封じられているものが、勤勉なる恋愛においては、おそろしく自発的になされている、ということに不思議さがある。私達は生活上必要なための仕事とか子育てとか、生きるためにやむを得ずしなければならないことにおいては、時間の流れの空無感などあえて切り捨てて、「勤勉」さを敢えて自分に課していくという選択が生じえますけれど、「恋愛」ということに関してはそういうことはいえない。別に勤勉でなくてもかまわないのです。本来ならばいくらでも懐疑したり嫌ったり、あるいは突然裏返って恋愛したくなったり、でもやはりやめたっていいのですね。「怠け者」的に恋愛とかかわればいいのです。至極当然なことですが、「勤勉さ」を放棄することによって、「勤勉」ということについて、前半生で恋愛に失敗し続けたスタンダールは、まさに、恋愛に勤勉であるということを放棄したことによって、「恋愛とは何か」という問いを発し続ける人間となることができたのですね。「勤勉さ」を放棄することによって「恋愛とは何か」という一般的な問いかけが可能になってくる。スタンダールの「恋愛論」と本屋で洪水のようにあふれかえっている凡俗な恋愛論のどこが違うのかといえば、後者は「<私>しかいない恋愛論」だ、ということです。恋愛する自分さえも疑われることを封じられているのだから、当然のことです。恋愛も疑われていない、「単に恋愛する」ということが疑われていない。従って何も議論が始まらない。「形而上的プライド」というサルトルの言葉をもじっていえば、「形而上的恋愛論」とでも言うべきもの、でしょうか(笑)カール・バルトは「自分が正しくないと思う限りにおいてのみ、その人間は絶対に正しい」と言いましたが、結局のところ、自分の人生に勤勉に「恋愛」を敷き詰めようとする人間は、「<私>しか存在しない恋愛論」という、これ以上ないほどに退屈なもの考え、どういうわけか書店にはそういった類のものが氾濫しており、時々打ち上げ花火のようなベストセラーが発生するのですね。書店でびっしりと並んだ「<私>しか存在しない恋愛論」をみて、現代が恋愛の時代だというふうに思う人もいるかもしれませんが、私に言わせれば、現代ほど恋愛が「他人を退屈させる人間達」によって不幸な立場に追いやられている現状はない、というふうに思えてきます。
     私は「退屈」という言葉をずいぶん多用してしまいましたけれど、「他人を退屈させる人間」とは何か、ということをさらに突き詰めて考えようとするならば、「退屈」とは何か、ということもここで立ち止まってあらためて考えなければならないと思います。キルケゴールが言おとした「退屈」は決して何もすることがない、という「何もすることのない暇」を意味するものではありませんね。退職した人間や、不意に得た幸運によって得た経済的自由によって不意に目の前に出現してしまった、長いだらだらとした時間、そういう意味での「退屈」は勤勉的な時間の間隙や終焉によって生じる「小さな退屈」であって、退屈でない時間の再到来を期待しているということにおいて、私の考えでは決して本当の「退屈」ではありません。そういった「小さな退屈」ということだったら、勤勉に恋愛にいそしむ人達だって、一日のうちに何度も感じているに違いありません。この精神的レベルでの「時間の空無感=退屈」は、時間が空無でない、ということを絶対的に考えているからこそ、気楽に小さく「退屈」できる。ドストエフスキーは、人間は自分の死を信じているというけれども実は最後の瞬間まで自分の死を信じていないという精神的側面がある、ということを幾度も小説で描きましたけれど、「いつ死んだっていい」という「死にたがり」の人間が実は「死」を信じきれていないからこそそういう言葉を吐くのと同様に、小さな「退屈」を言う人間は、絶対的退屈ということを全く信じていないからこそ退屈できるのです。
     では本当の「退屈」とはいったい何なのでしょうか。再びパスカルの言葉ですが、「私達は人生の最後の絶壁が見えないようにするため、何かさえぎる巨大なものをおき、それに安心し再び全力で絶壁に向かって走っているのである」という一節を思い浮かべましょう。本当の「退屈」とは、その「さえぎるもの」を私達が取り払ったとき、私達が意識してしまう「絶壁」と私達の人生との絶対的関係に感じる虚しさ、ということなのですね。ですから、残り少ない人生の段階で「退屈」を感じることも稀ではない。極端な話をいえば、人生最後の日においても、残された時間に「退屈」を感じるということは起こりえます。だから、自ら退屈を感じる人間、というのは、人間にとって絶対回避できない死滅をついに信じることができるようになった人間ということができる。ここにおいて、私達は「自ら退屈できる人間」というのは、常に「死」との意識的なかかわりを避けない人のことを言い、古今東西の優れた哲学者や文学者は必ずそれを自分の思想表現に含有しているということを見ることができるでしょう。「死への存在」を通して絶えず死とかかわるという本質的存在論を呆れるくらい徹底して繰り返したハイデガーや、絶対的ニヒリズムは絶対的偽善を可能にする、といった三島由紀夫など、彼らの言葉はどれも「退屈」ということの認識とそこからの超越・脱出ということに執着している。もちろん、その「退屈」が私達に襲いかかるとき、私達が生きることを放棄せざるをえない、ということではありません。私達の人生のさまざまな自己実現行為において、そうした「退屈」を内包しない行為はどんなことであれ虚偽的だ、ということなのですね。これに対して、「他人を退屈させる人間」というのは、その明け透けな「勤勉」さ、すなわち「他人を退屈させる」によって、そうした虚偽的行為を演じている彼ら・彼女達の絶壁の前の、パスカルが言うところの「さえぎるもの」をクローズアップさせ、彼らの人生そのものをわびしい喜劇に変えてしまう人達、と言い換えていいでしょう。「死」を忘れたかのように疾走する彼らとかかわることで、私達は嫌が応なく「退屈」さというものに気づかされるということですね。だからハイデガーや三島の言葉は決して私達を「退屈」させない。ただ、ナチズムに安易に傾斜したハイデガーや絶対的ニヒリズムからすれば(おそらく)いかがわしい行為であるに違いない自殺という行為行動に傾斜していった三島の人生を概観すれば、「退屈」さの克服ということもまた、非常に難しいという、その先を見なければならないことも言うまでもないことでしょう。「さえぎるもの」を取り払うことは難しいですが、その後絶壁に向かってどう歩むか(走るか)ということはさらに難しいということになりましょう。
      「勤勉な人間」はさらに暗躍の範囲を広げます。キルケゴールの「他人を退屈させる人間(=勤勉な人間)」の定義に「芸術」という言葉があったことを考えてみましょう。世界のいたるところで、様々な表現活動に関して、専門化や分類化をはじめとして、統一的な視点の喪失状態が進行しており、「流行」も「市場」もいよいよ個人の頭数だけ存在するようになりつつあるように思えます。私の考えでは、大手文芸誌が停滞してしまっているのは、「本を読まなくなった」ということとはどうも関係ない。「純文学」という専門化を進行させすぎてしまった結果、その刃が反転した結果、純文学の面白さが消え去ってしまったのではないか、ということです。面白い本は面白い本だ、という考え方の方が、むしろ純文学を栄えさせる。つまり「純文学」と「非純文学」という分類が固定してしまったことが問題です。作者の側からしても、「不連続殺人事件」のような、本格的な探偵小説にも手を染めた坂口安吾や、(かなり通俗的な)怪奇小説をたくさん記した遠藤周作の仕事を「専門外」と考えることは、専門的政治学者のジャーナリスティックなレベルでの発言行動を「専門外」とみなすことと同じく、「専門」の衰弱をもたらすものだ、と私には思われます。どんな分野であっても「芸術」とはそもそもそうしたディレタント的なものでなくてはならず、その浮気性的な知的関心の実践行動の中に危ういからこそしっかりとしたスペシャリストが成立するものなのだ、ということができると思います。「純文学を死守せよ」といったところで、実はそういった言葉が純文学に専門化という刃を向けていることに、私たちはなかなか気づくことができません。
    一昔前の文芸誌を開いてみればすぐわかります。「停滞」している現状に関して、私達はまるで近代以降、ずっと「純文学」が単独専門的に存在しつづけてきたように思うかも知れませんが、一昔前までの文芸誌を開けば、左派的な政治運動とそれに反発する保守主義・伝統主義、さらには政治的なるものから「文芸」を守ろうとする反政治主義、そういった数々の文芸外の思潮との間の緊張感に満ちた関係の中に「文芸」が生き生きと存在していたことがすぐにわかります。私は古本屋で購入した1960年頃のとある文芸誌で、井上光晴氏と福田恒存氏の対談を非常に面白く読みました。両者ははっきりいって、文芸の世界の外においては、全く正反対といっていい政治的世界観をもっているといいのですが、それがゆえの非常な緊張感の中の「和」の雰囲気で、様々な文芸観の交しあいが成立している。両者の対話技法と礼儀によるものかもしれませんが、こういった面白さは今の文芸誌にはなかなか見つけることはできません。二人はいろんな文芸外の世界にかかわる不純さがあったからこそ、文芸のテリトリーを維持できるという逆説の中にあったということでしょう。ところが純文学の「専門化」ということは、こうした逆説をどんどん否定していってしまう。読者は面白さに集うのであって、純文学という専門に集うのではありません。「面白さ」という実は恐ろしいくらい多様な概念自体を巧妙に操作していけばいいのに、その逆に、面白さを貧しくすれば、集わなくなる、ただそれだけのことですね。かくして、私達は「文芸」というもの自体を逆に不明瞭な場所に追いやり、統一的なことをいえないようになってしまっている。これは私たちと芸術的表現活動とのかかわりの(作者としても読者・視聴者としても)かかわりの困難さのある一例だといえます。ではこの難しさを改めるのように、世界は動こうと身もだえしているのか、といえば、全くそんなことはない。ここで再びキルケゴールの言葉を思い出す必要があるのです。私にいわせれば「依然として」でなく「ますます」という表現が適切であるような、ゆるやかな衰弱行為の進行というべきなのですが、実のところ、「勤勉な人間」はこうした場においても、しっかりと暗躍の場所をみつけて活動しています。
     あまりにも一般的なことかも知れませんが、大体、「芸術」というのはどんな分野のものであれ、製作者である自分(自分達という場合もあるでしょう)の作品以外はすべて偽者だ、というくらいの排他的感情をもつことが自然であるような、ある意味で情け容赦のない競争社会といえるにもかかわらず、「市場」や「流行」といった競争社会的原理に依存しては決して成立しないという、生々しく、そして実に人間的な矛盾に満ちた世界なのですね。が、そうした世界を愛好し評論するために、「情報」という、本質的には表現活動と無関係なことの確保に奔走する不思議な人間の一群が古来より存在しつづけています。小説ということにしても、「誰それの作家がこうしたエピソードを有していた」「作品の登場人物は別の作品にもある」ということが、単にそのエピソードを語るということをもって終わるとき、それが「文芸」ということに本質的にどういう関係があるのか、ということを、実は考えなければなりません。本物の作家や文芸評論家は、おそらく雑談的なエピソードを語りながら、それを普遍的な言語にもっていこうとする努力を暗にしているに違いありません。なぜならば彼らは巧みなディレッタントだからですね。ところが情報が情報のレベルで終わってしまうとき、それは文芸に無関係どころか、有害でさえあるということに、私達はよくよく意識的にならなければならない。信仰の有無の激しさと無縁なような表情をしている宗教学者を「哲学銀行の出納係」と言ったキルケゴールですが、芸術の表現活動の生々しさを忘れ、芸術ということですら、単調な繰り返しのベルトコンベアーに載せてしまう「勤勉な人達」の恐ろしさに、彼が敏感でなかったはずはありません。「出納係」という形容は、「勤勉な人」と非常に重なりあうものである、というふうに思える。ここにおいて彼ら・彼女達は、「絶壁をさえぎるもの」に向かって疾走するだけでなく、もっとすさまじい害悪をもたらすことになる、ということができます。なぜなら、他人を退屈させるという精神的苦痛だけでなく、ある種の静的な文化的破壊行為を行っているのかもしれないから、なのですね。特定の誰某でなく、世界全体が<私>というものを退屈させるもの、に成り果ててしまったら、本当にたまったものではありません。
     たとえば映画に関して考えてみましょう。映画評論雑誌を開くと、その雑誌にも、製作現場の監督が飽きれるくらい、映画界の近況、最新作の内容、俳優(声優)の個性、その他に関する知識を絶えずアンテナをもって吸収しつづけ、その百科全書派的といっていい行為自体に価値を見出そうとする方たちの評論、座談、そういったものがまさしく洪水のようにあふれかえっています。私が感嘆するのはただ一点だけ、「どこでこれだけの情報量を身につけたのだろうか?」ということだけです。言い換えれば「情報的言語」の洪水ということですが、「勤勉」な彼らにおいては「流行」や「市場」ということさえも疑われておらず、もちろんその先にある、映画とは何か、という問いが生じるはずもなく、もちろんのこと、そうした「情報的言語」が映画における表現活動の本質を言い当てられるのかどうかということにも思いが至らない。彼らの意識の中では、対象世界はびっしりと制御されたものになっている。もちろんそれだけで終われば単なる自己充足行為ということになるのですが、こうした情報的言語が、「評論」のマジョリティだ、というような圧倒的雰囲気には、ただ呆れるほかない。巨大書店の中で、あふれかえる本の洪水で辟易として、ふと気づけば、映画だけでなく、絵画も建築も文学も、そしてちょっと芸術のコーナーから出て覗き見れば、政治も経済も社会評論も、知らない間に情報的言語でしか語られていないものがあふれかえっているということになっています。さらに先をいえば、私が今まで出会ってきて、これからも出会うだろう人の多くに、こうした「情報的言語」を駆使し、その行為に価値を見出している奇怪な人達を発見できるのですね。奇怪な人達が多数派である(かもしれない)というのはさらに奇怪ですが、少なくとも彼らが「勤勉な人達」の種族であることは明らかです。
      「情報的言語」による評論ということは、「<私>しかいない恋愛論」という私の造語の正反対、すなわち「<私>がいない世界観」ということになるでしょう。ここでコントの実証主義的社会学やランケの没価値的歴史学を持ち出すのは大袈裟かもしれませんが、<私>というものが存在しない評論、ということが目指された徹底した客観主義による評論や議論は、それが完成されたものである限り、どんな分野においても、見事な記述を完成する、ということが確かにいえます。世界をや時間を「情報」あるいは「事実」によって徹底的に語りつくすとき、そこには見事な<私>が成立しうる。あるいは消し去ることのできない<私>を見出だすことができる。しかしそのことは逆に、それが凡俗なレベルで放棄されるとき、おそろしく「退屈」なものを私達に残すのだ、といううこともできる。再び、中途半端的な「退屈」ということが問題になってきます。言い換えれば、それを読めば読むほど、世界を語りつくせないという絶望を喜劇的なほど認識させられる、という意味においての「退屈」とでもいうべきでしょうか。私達の多くがコントやランケのような「あえて語り尽くそう」という精神を有することができないのは言うまでもありません。加えて、二十一世紀的世界というのは、おそらく私が既述した理由によって、ほんの些細な分野であっても、彼らの時代が対象とした世界全体よりもよほどとらえようがないものになっているのですから、没価値的な情報や事実によって世界を表現できると考えることは、奇怪を通りこして、そもそもが実はたいへんな気違い沙汰ですらある、というべきでしょう。「<私>しか存在しない恋愛論」が退屈だ、ということと、「<私>が全く存在しない評論」によって私達を退屈させる、とうことは一見るすると非常に矛盾するように思えますが、自己懐疑を失って独我論と自己喪失を行き来する<私>の軽々しさ、ということにおいては、両者は全く軌を一にする、というべきなのでしょうね。いずれにしても私達は「芸術を語る」という行為を繰り返す人達の少なからぬ人達が「自ら退屈することを知らない人」であって、彼らが「芸術」というものを退屈に語ることによって「芸術」をやせ細らせることに偉大に貢献し、この世界をますます貧しいものにしていることを見て取れるのではないか、と考えます。
     例によって随分と長い前置きになってしまって前置きだけで終わってしまいそうですが(笑)こう考えると、「本を読む(本を読まない)」という話に戻ってみると、「退屈」あるいは「退屈させる」こととは何か、ということを考えれば考えるほど、「本を読む」ということも、それが人間の精神を実のところは実のところ様々にマイナスな方向に誘導しているのではないか、ということが充分成立してくるといえそうです。「勤勉」な恋愛も、「勤勉」な情報言語的映画論も、実は本を通じてより促進されている場合がほとんどです。つまり、「本を読む」ことが、「勤勉」ということに埋没している可能性が充分あるということですね。「本を読まない」ことは全く問題ではないのです。私達が問題にしなければならないのは、「本を読む」という行為ということに意識的になること、だといえましょう。言い換えれば、「恋愛」や「芸術」を、キルケゴール曰くの「勤勉」から救い出していかなけばならないのと同様、「読書」ということを、私達が救い出さなければならないことを意味する、といえましょう。私は「解釈」ということでなく、「読む行為」あるいは「本」ということに、いったいどういう普遍的意味があるのか、ということにこだわりたい。そのことが、どうしても「勤勉」あるいは「他人を退屈させる」ということとかかわりがあることだ、というふうに思えるから、なのですね。
      たとえばこういう非常に苛立たしい現象例が「本の世界」にあります。「読書行為」自体に意識的であり懐疑的でなければならない、ということを考えているのに、「本」の氾濫は、ほんのちょっとした油断で、読書という私の行為自体にも、身勝手に進入してくる。「退屈させる人」も困ったものですが、「退屈させる本」はもっと困ったものだといわなければならない。たとえば「速読術」という私に言わせれば、実に馬鹿げた一分野が本屋の一角を占めています。困ったことに、こういう本の類をマスメディアが薦めるのならまだしも、私の高校時代、高校の国語教師で推薦図書にした教師がいました。私に言わせれば「速読術」が完全に馬鹿らしいということでなく(読まなければならない本の種類によってはこうした技術が役にたつこともないわけではないでしょうから)「速読術」が勝手に普遍的なものとして前提としている「本」というもの、「読書」という行為についての価値観が実に馬鹿らしいのですね。つまり、「速読術」というのは、「読書」を救いだそうとするのではなく、まさにその逆、勤勉さの中に閉じ込めようとするものだ、ということに他ならないからですね。大体、難解きわまりない本、あるいは巧妙な逆説的に満ちた本、平易だがその表現の裏で真実に激しく迫った本、こういった本を「速読」などという技術で扱えるものではない、ということについて、速読術の世界は何も結局何も答えられません。「読書行為」に対するあまりに貧しい認識が前提になっていなければ、速読術が成立するはずがありません。
      哲学者の大森荘蔵は、お昼までに一ページ、ご飯を食べてまた午後一ページ読むという「遅読」法を最高の読書方法として推薦したといいます。これが抽象的な哲学書に限定された読み方などとはいえない証拠に、川端康成は、終戦間近のある時期から、「源氏物語」のみを、毎日ほんの少しずつ読み続けるという読書習慣によって、戦後の創作活動の根拠としたという、エピソードをもっています。川端の「読書」には、空襲その他により、破滅と悲劇を繰り返すその頃のわが国にあって、そうした行為自体が、何かの激しい意味をもっていたのではないかと私には想像できる。あるいは速読術が前提としている価値観の一つに、作者の意図(本の意図)の「正確な理解」ということがありますが、作者の意図などというものと全くかけ離れた「誤読」をしたところで、それが読書という行為においては責められるべきものだ、ということは必ずしもいえない。それどころか「誤読」が創造的行為に結びつくということは「読書の歴史」においては一般的なことだとさえいえると思います。たとえば個別的な読書行為そのものではないかもしれませんが、ヘーゲルの歴史哲学というのは、彼が世界史やプロシア史を読解通読した結果、「世界史はプロシア史によって終焉完結する」というおそるべき「誤読」に到達したことをそのスタートにおいています。ヘーゲルの凄みというのは(私に言わせれば実は世界の大思想家の多くが)モラリストエッセイふうに言うならば、壮大な言葉の体系ということとは別に、「誤読」による勘違いということを生涯貫く中で、自分の哲学体系を完成した、ということにある。「遅読」や「誤読」があるからこそ、私達は「読書」という行為を成立させてきた、とさえいえるでしょう。世界中に本が氾濫しているにもかかわらず、私達がなぜか古の賢人の言葉の紡ぎからますます遠ざかっていってしまうように思えてしまうのは「速読術」のような、実に「勤勉」な本との接し方が、本の氾濫以上の勢いであふれかえっているから、ということができるのではないか、とさえ思います。私達はまずこういう、「本」の側からやってくる、「勤勉」さの魔物、言い換えれば「他人を退屈させる本」の襲来に意識的でなければならないのかも知れません。「速読術」の世界はほんの一例ですが、「本の洪水」ということことの実体は、かくの如く恐ろしい厄介なものなのです。
      「本を読む」ということを、いろいろな「勤勉」「退屈させる」ということのの拘束から、もう少し解体・解放していていってみましょう。私は諸子百家の思想家の中では「老子」が自分の性に合うらしく特に好きなのですが(同じ老荘でも「荘子」は儒家との論争的な気配がやや鼻につきますね)周知のように老子の思想を伝えたこの「老子」という書物は、司馬遷などの伝えるところによれば、生涯のほとんどを隠者として暮らした老子が、函谷関を通り(これに関しても異説あり)その生涯の痕跡の最後を消し去ろうとしたとき、その関守に懇願され、数日間とどまるうちに自分の思想を彼に教え、その数日間の間に彼が記述した約5000字の文章が後世の残された「老子」という書物ということになっていますが、この「記述」についても、彼自身がどうやって記したか、ということの具体的伝承が不明で(あるいはその点の伝説が欠けており)思想を教示したという伝承との整合性から、関守への「口述」であった可能性、あるいは老子があらかじめ記してあったその5000字の書物を携帯して、思想を教示した後、手渡したという可能性も充分考えられます。これまた周知のように、中国では古来から老子の実在そのものに疑問を投げかける説が非常に有力で、その老子の実在云々が老子の哲学をより神秘主義的なものにしているともいえるのですが、ここで私が問題にしたいのは「老子がいたかいなかったか」という議論でなく、「老子」という本が「ある」というその「ある」ということはどういうことか、ということです。言い換えれば「本」とは何か、ということになのです。
     まずもっていえることは、老子という人間は、伝説的存在と歴史的存在のそのいずれをとってみても、自分の人生において、たった一度しか、その5000字の書物の中でしか、自分の思想を語らなかった人物だ、ということですね。そのことは「思想」が「書物」を通して語り尽くされるものでない、ということと、「思想」が「書物」を通じてでしか語られないという、矛盾した二面が存在している。矛盾しているのですが、この場合は表現しなければならない原理が明らかに矛盾しているため、正確を期するためには言葉が矛盾しなければなりません。私達はここで弟子達の記述でしかその思想が存在していないソクラテスのことを思い出すことができるでしょう。つまりソクラテスの思想書を読むということに関しては、「本」という、私達がそこにたどりつけさえすれば何か安心感を与えてくれるようなものの存在感は、ある種の根本的欠如を強いられている。「本を読めばその人物の思想がわかる」という前提からしてまずもってまったく危ういものであるというところから、スタートしなければなりません。老子の生涯わずか5000字の「著作」に関しても、実のところ同じことがいえる。老子は「書いた」かも知れませんが、しかしあきらかに語りつくせないものがその5000字の中に含まれると私たちは考えながら読まざるをえない。しかも、最低限の実在性が保証されているソクラテスに比べて、老子に関しては、「老子」という書物、すなわちこの5000字の著作の成立の伝承自体に、おそろしく不安定なものが存在しています。いったい「本」とは何か、という問いが、「本」という存在に慣らされている私たちには、「老子」という書物を目の前にするとき、自然に湧いてくる、といっていいでしょう。数十人の「老子」的人物が作り出した書物が「老子」であるという説すら存在しています。歴史学や文献学ではそういった「数十人の老子」という説は本来認めにくいのですが、そういった矛盾的学説をどうしても許さなければならないほどに、「老子」という本はその思想内容以上に、その存在を説明することが現代に生きる私達にとって「難しい」書物なのですね。しかしそれがゆえに、「老子」を読むということは、その始まりから、私達に何か私達が慣れ親しんでいる「読書」とは別の何かを私たちの読書行為に強いてくるのです。
      たとえば「知識の実践」という言葉があります。「書物で得た知識の実践」と言い換えてもいいかもしれませんけれど、私達は「思想・知識(本によって得られた知識)」を実践せよ、というニーチェやブルクハルトが言った言葉を、近代世界の小説家、革命家や思想家の、その書物にある血を吐くような、命がけの言葉を読み込むべし、ということにおいてイメージ化しやすいのではないかと思うのですが、その場合であっても、「作者」があってそれによって記された「書物」がある、という安定した構図は多くの場合、読者である私達にとっては崩されていません。言い換えれば、読書という行為自体については、私達は依然として「実践」という生々しいもの、とは遠ざかったものとして考えやすいのです。しかし「老子」という書物はその第一頁から、私達が慣れ親しんでいる安定した構造を崩す何かをもっている、と言わざるを得ない。それは老子という人間が実在したかどうか、あるいは正しい伝承であるかどうか、というレベルのものではありません。そうした「真偽」は「作者の正しい意図」があるという前提に自足している速読術が前提としている価値観と大同小異である、というべきです。「老子」と私達の間にはそもそもが全くの無であるような関係があって私達はそれを出会いの時から、その書を読むたびに、つくりださなければなりません。繰り返しになるかも知れませんがそれは「老子」という本に関しての「正しい読み方」や「作者の考えの正当な理解」が存在しないから、なのです。「老子」を読みながら、私は「読む」こととはいったい何か、という問いを読みながら捨てきれない。「老子」を「読む」ということ自体が、間違いなのかもしれない。あらゆることが根源的に自由なのです。「本」の背後に作者がいるということすらからも自由にさせられてしまっている構造から、私達は意味をつかんでいかなければならない。そうした様々な思いの混乱の中で、私達は「読む」という行為が、安穏としたものでなく、次第に「実践」としかいいようのない激しい何かである、ということが自然と納得できてくるのではないだろうか、と思います。「本」の中で収まりきらないものがあるという読書という行為の不可能性、しかし信じるものは「言葉」でしかないという可能性、その不可能性と可能性がゆえに、この書物がこの存在した初日から、「老子という書物を正しく理解すること」でなく「老子という書物を読む様々な人達の中で解釈・変遷されていくこと」という運命を背負ったものとして、「老子」という書物は存在しているということですね。老荘好きだった湯川秀樹氏は、絶えず「老子」や「荘子」を思い浮かべながら目の前の科学理論の検討を消化していったといいますが、これを「誤読」や「遅読」に低い評価を与えるような現代の読書観からは、いったいどう評価されるのか。湯川氏は老荘を「誤読」したのかもしれませんが、最も理想的な読書の実践者だったというべきでしょう。目の前の様々な理論対象となる事象を、「老子」が言い当ててていたとか、あるいはヒントを与えられた、ということではありません。ヘーゲルが「世界史はプロシア国家をもって終焉完結する」という誤読から、様々な哲学的真理に接近しえたヘーゲルをここであらためて思い浮かべるできでしょう。このことも繰り返しになりますが、これは解釈論ということ沈む問題ではなく、あるいは「時代」によって読書の形が違うのだという社会学的指摘でもなく、読書の「読」と「書」のそれぞれに関して、私達が普遍的なものから遠ざかってしまっている、ということだと思います。蛇足かもしれませんが、こういうふうに読書行為を考えること自体が、変幻や無為による流転ということを絶対視する「老子」の思想になかなかふさわしいものだ、といえるもではないか、と思いますね。
      実は何も「老子」に限ったことではありません。「たくさん語った」とされる思想家においても、事情はさして変わらないものがある、といえます。「老子」においてそれが極大化しているだけの話であって、孔子も荘子も韓非子も、あるいは諸子百家に限らない世界中の様々な近代以前の「著作」のほとんどは、単に「作者の名前」が記述されているだけなのであって、ほとんどの場合、その後幾度も幾度も書き加えれて今日残っています。近代以前の書物に関して、「偽書説」というのが時々ジャーナリズムを賑わしますが(私も時々関心もってしまいますが)「正しいこと」を前提としてしまう限り、私達は「読書」ということを、「勤勉」なものに引っ張ってしまうという悪しき可能性を考えてみる必要もあるでしょう。「正しい読解」の後ろには「正しい作者」がいて、その前には「正しい読書」がありその行き着いた果てには「正しい勤勉(な読書)」がある、といったら言いすぎでしょうか。読書ということ自体が生々しい実践であるということを知り尽くしていたからこそ、古代の賢人は、現代よりも遥かに稀少な本や活字の中にあっても、読書を「実践」行為の次元にしっかりとどめ、そして膨大な言葉を紡ぎだし、大半を出尽くしたと評価してもよいような、哲学・思想の基盤を形成しえたというべきでしょう。読書を「行為する」、あるいは本が「ある」ということは、おそらく現代の私達がなかなか理解せないようなものであった、ということですが、それは単に「違う」ということでなく、読書という行為、あるいは本があるということ、そういうことについては、現代の方が例外的である可能性をよくよく考えなければならないということです。ポスト近代社会やポスト国民国家という議論が喧しいですが、私としてみれば、「本」と「読書」ということの周囲にある近代社会や国民国家の束縛といった身近なことを、問題対象にしていってほしいと思います。「本を読まない」と嘆く老先生や文学青年の友人はもちろん、部屋の中の自分の時間に充足しきった読書を理想状態と考えている私も、本を読むというこということ自体に意識的でないということから、「本」あるいは「読む」ということを考えださなければならないでしょう。
     「老子」の中で私が特に好きな言葉に「民に利器多くして国家ますます昏く、人に伎巧多くして奇物滋(ますます)起る」というくだりがありますが、私はそこに、「読む」こととは何か、という問いの存在をいつも思い浮かべ、自分をなるべく懐疑的な方に引き寄せようと思っています。もちろんそも懐疑も「読む」ということと無関係でないという逆説の中に、私の読書行為は存在せざるをえない。それは決して意味のない遊戯ということでなく、空虚な書物の洪水がますます予想されるこれからには、何かの意味があるものではないだろうか、と考えています。最後に問題をあらためて整理しなおすと、それは「あらゆる人間はあらゆる時代と同様に、今でもなぜかまだ奴隷と自由人とにわかれている。なぜなら自分の一日の三分の二を自分のためにもっていないものは奴隷であるからである。たとえその人物が政治家・役人・学者など何者であろうとしても全く同じである」というニーチェの言葉が言おうとしている「自分の時間」ということの本当の確保、というものにつながるものではないか、と私は思います。
スポンサーサイト
Copyright © 2005 うさねこ研究室!(姉妹サイト「倶楽部ジパング・日本」もよろしくです). all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。